パリ同時多発テロ時のSAMU・SMUR・消防救急隊の医療活動

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パリ同時多発テロ時のSAMU・SMUR・消防救急隊の医療活動
 
本稿は、2015年12月2日から7日までパリに滞在した筆者が、パリ同時多発テロ現場に出動した救急隊員や消防隊員、その他関係者に行ったインタビューや現地のニュースを基に作成したものである。なお最初に、フランスの救急医療組織や医療システムであるSAMU( 緊急医療援助組織)とSMUR( 救急機動組織)、APHP( パリ公立病院連合)、ホワイト・プランについて紹介する。

1 フランスの救急医療、組織とシステム
フランスの救急医療組織には、救急専用の電話を受けるSAMUと、SAMUから指令を受けてドクターカーなどで現場へ出動するSMURがある。また、パリでは陸軍所属のパリ消防局(Brigade des sapeurs-pompiers deParis:直訳はパリ消防旅団)も救急対応を行っている。

○ SAMU( 緊急医療援助組織:サミュ)
日本における119番に相当する救急専用の電話番号15番に掛かってきた通報を処理し、適切にトリアージする役割を負う救急医療の中枢組織である。医学知識のあるオペレータが受信し、医師もコールセンターに常駐していて、トリアージ(救急車の必要性を判断)する。通報受信時から、すべて医師による判断が行われるためか、救急搬送が必要と判断されるケースはわずか10%しか無い。基本的には県に1か所のみ設置されている。なお、火災や交通事故、救助事案などは、消防組織に繋がる電話番号18番に掛ける。

○ SMUR( 救急機動組織:スミュール)
公立または私立病院の救急部門に所属しており、SAMUからの要請を受け現場へ向かい処置を行う実動部隊である。医師が救急車に同乗し、患者と接触と同時に医療行為が開始される。同時に医師が患者にとって一番ふさわしい病院を探す。コールセンターでは、パリ市内の病院の空床状況、専門医の勤務状況をリアルタイムで把握している。したがって「たらい回し」は起こら無い。

○ APHP( パリ公立病院連合)
パリ市にある44の病院により構成される世界最大級の規模の病院連携システム。大規模災害や同時多発テロのような緊急事態発生時には、APHP危機対応部門が招集され、APHP傘下の40病院の人員と施設、設備を1つの組織として、最大10万人の医療従事者、2万2,000床のベッド、200室の手術室を指揮下において統一運用出来るよう組織されている。

○ ホワイト・プラン
 大災害の現場で大量の負傷者に対して迅速な手当や治療を行うための計画。SAMUが災害の発生を知り、「ホワイト・プラン」の発動を決めたならば、移動医療チーム( MICU )が直ちに現場へ派遣される。そして死傷者の人数と、その程度を把握し、消防隊、消防の救急隊、市民保護団体、フランス赤十字社、民間救急隊、ボランティア救急隊などと連動して救助活動に当たり、トリアージや必要な救急処置を行う。

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2 パリで同時多発テロが発生
 2015年11月13日㈮。忌み数の13と関係があるとされ、キリスト教に伝わる迷信において不吉とされる日であるが、夜にテロが起こる前まで、パリ市民は日常の楽しい週末を迎えていた。この日は、パリ北部郊外のサン=ドニにある国立競技場「スタッド・ド・フランス」で、男子サッカーのフランス対ドイツ戦が行われており、フランスのフランソワ・オランド大統領とドイツのフランク=ヴァルター・シュタインマイアー外務大臣も観戦していた。
 
現地時間21時20分。スタッド・ド・フランスの入口付近や近隣のファストフード店で爆発音が3回響き、爆発すると金属片が飛び散る榴りゅうさんだん
散弾をベルトに満載した容疑者と見られる人物が自爆テロにより4人死亡、1人が巻き込まれて死亡した 。

 その後、21時30分頃より、パリ10区と11区の料理店やバーなど4か所の飲食店で発砲事件が起き、多くの死者や負傷者が出た。

 さらに21時40分頃、テロリストらはアメリカのロックバンド「イーグルス・オブ・デス・メタル」のコンサートが行われていた「バタクラン劇場」を襲撃して、劇場で観客に向けて銃を乱射した後、何百人もの観客を人質として約3時間立てこもった。

 11月14日㈯未明、フランス国家警察の特殊部隊が突入し、犯行グループ3人のうち1人を射殺、2人が自爆により死亡したが、観客89人が死亡、多数の負傷者が出た。

 わずか1時間の間に7か所で発生したテロは、死者は130人、負傷者は350人以上で、うち約100人が重傷者という大惨事となった。

 オランド大統領はフランス全土に非常事態を宣言し、国境を封鎖。テレビ演説では「前例の無いテロが起きた。これは、周到に準備された戦争行為であり、テロ組織のIS(イスラム国)によって実行されたものだ」と記者会見で断言した。

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3 テロ発生直後の対応
 スタッド・ド・フランスで発生した爆発による傷病者への対応要請がAPHPに届いたのは21時30分。それから20分以内に4か所で発砲事件があった。
 
現場に先着した警察からの情報により、SAMUが迅速に動き、各現場にテロによる重傷者専用の医療救護所が設置された。出動要請を受信したと同時にテロが同時多発的であること、テロによる被害状況がかなり広範囲にわたっていること、そして状況は悪化していることが確認された。

これらの情報を基に22時34分、ホワイト・プランがAPHPの統括長により発令された。大勢の負傷者に対応出来るよう、各病院に連絡を取り、スタッフを動員し、病床が準備された。

 各現場に直近の警察特別狙撃部隊、消防隊員、救急隊員、SMUR、フランス赤十字社の救急隊員、市民保護団体(Protection Civil)が、それぞれにホワイト・プランに基づく準備を行い、それぞれの担当現場に出動した。

 消防の救急隊は、指令が入ってすぐに負傷者の数を把握することが出来無かったため、救急備品庫からあるだけの救命救急医療セットを数台の消防車に分けて詰め込み、テロリストの行動情報を得ながら、指令から各隊平均約30分後、各現場に到着した。

 どの現場も四方八方に逃げる人たち、負傷した足を引きずりながら現場から少しでも離れようとする人たちなどで道が混雑しており、緊急処置とすぐに手術が出来る病院への搬送が必要な重傷者のもとへ、救急車が近づくのに時間が掛かってしまった。

逃げてくる人たちの避難経路は自動小銃を装備した機動隊以外の警察官が確保し、安全と思われる方向へ誘導も行った。

 消防隊員は、軽傷者や自力避難出来る中等傷の負傷者に各自で近くの病院へ行くように指示した。また、重傷者をテロリストの射撃や自爆から守るために消防車を盾にする形で現場から救出し、止血処置を行い、SMURが銃創による負傷者をそれぞれの所属病院へ搬送した。

 多数の負傷者に対応するため、2つの連携システムが始動した。1つはホワイト・プランに基づき、攻撃のあった現場に医療救護所を設置すること。もう1つは病院を確保することであった。この対応は、2014年に策定されたORSANプラン(「特殊な医療状況におけるヘルスケア・システム対応」という意味のフランス語の頭字語)の傘下で行われたもので、ホワイト・プランも包含している。

 最初の負傷者の通報が来てすぐに、パリのネカー病院のSAMUで連携ユニットが開設された。SAMUの建物は、警察が警備することになった。なぜなら、連携ユニットを攻撃される恐れがあると分かったからだ。

 テロ現場では、その場所に応じて、状況管理がそれぞれ行われた。バーやレストランでのテロ現場では、SMURが初期トリアージを行い、ホワイト・プランが発令されたパリの病院に、直接、負傷者を搬送した。

 ヴォルテール通りには、災害医療ケアが出来る高度医療基地が開設された。この基地は、テロ攻撃の標的となったバタクラン劇場に近いところにあり、搬送された負傷者は「絶対的緊急患者」、「相対的緊急患者」、「緊急患者」に分類された。高度医療基地では、バタクラン劇場の襲撃が
終わった2時間後にトリアージ作業が完了した。

 絶対的緊急患者に分類された負傷者のほとんどが、直接、病院に搬送され、出来るだけ集中治療室や手術室に近いところに待機させられた。多くの患者が複数の銃創を負っており、胸部、消化器、整形といった外科手術が必要だったため、このような配慮を行ったのだ。

 相対的緊急患者に分類された負傷者は、消防隊または市民保護団体及び赤十字社により、パリ内の病院の救急医療科またはパリ近郊の病院の救命救急センターに搬送された。

 比較的重傷度の低い緊急患者に分類された負傷者については、現場で治療を行い、必要な場合は、数日以内にまた、心理的ストレスで具合が悪くなった人は、心理サポート・ユニットに相談するよう促した。

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4 銃創による多数重傷者への対応
 今回のテロ事件のように、同時に沢山の銃創による重傷者が出た場合、基本的に現場では止血と酸素吸入のみにとどめ、直ちに手術可能な病院へ搬送する。
 理由は、上半身( 特に腹部)銃創の場合、ほぼ間違いなく内臓損傷を伴っており、腹部の浅い部分に弾丸が通った場合を除き、何らかの内臓損傷があり、早急な手術が必要になるため、現場では必要以上に時間を費やさない方が救命率は上がるからだ。

 また、AK-47カラシニコフの弾丸は鉄板を打ち抜くほどの殺傷能力があり、撃たれた場合は体を突き抜けていることがほとんどで、体内を探しても見つからないことが多く、まず、摘出の必要は無いため、病院搬送後、銃創場所を特定するためにレントゲン検査などで弾丸の位置を確認しても意味が無いと言われている。
 
銃創が致命傷になる可能性は、次の4つに大別される。
⑴ 脳、心臓、肺、胃、肝臓などの致命部位に弾を受けた
場合
⑵ 大動脈、大静脈の切断による失血性ショック
⑶ 肺、頸部の損傷による呼吸困難や、出血が気管支に溢
れての窒息死
⑷ 内臓からの大量出血死。体内は止血が困難なため

 もし、四肢を撃たれた場合、骨を破壊し、動脈を破損してしまうことが多く、大量出血になる可能性が高い。

 自動小銃やジャケット爆弾、榴散弾による自爆テロの場合も、至近距離で、爆発が起こった場合は、同じく大出血が予想される。

 もちろん、すべてはケースバイケースで、負傷者によって、怪我の程度は変わる。

 最終的にはSMUR隊員や応急避難的に消防の救急隊員の判断によるが、いずれにしても、テロリストの殺戮行為が及んでいる中、銃声や爆音を近くで聞きながらの救急処置は要救助者にとっても隊員にとって危険、かつ、困難であり、細かな観察処置を行うよりも、出来るだけ早く、心臓部を除く体幹部へ銃創を受けた者を優先して搬送したそうだ。

 ただ、明らかに頭部や心臓部に銃創を受けた人はほぼ即死していたため、警察はホワイトシーツと呼ばれる鑑識用遺体保護シーツ、消防は金銀アルミ緊急用レスキューシートで目立つように保護された。

 反省事項としては、止血帯が足りず、自分のベルトや警察官のベルトなどを借りたり、様々な代用出来る物を利用して、止血処理を行ったそうだ。

 銃創による大量出血を防ぐための止血の後には、体温を保持するとともに、意識を維持しながらも血圧をなるべく低く保って、輸液を抑えるという処置がSMURの救急救命医によって行われた。

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5 各現場で隊員たちが見た光景の記憶
 テロリストが立てこもっていた劇場で救急活動を行った、パリ消防局の救急隊員に「陸軍の組織の1つであるパリ消防局の救急隊は、兵士としてのトレーニングを受けているので、テロの現場では、武器で応戦しながら、救急活動したのか?」と聞いたところ、笑いながら、「手は2本しか無いからね。武器よりも人命を救助するための道具を選んだよ」と答えた。

 また、「俺たちは消防士の女神、セイント・バーバラがいつも守ってくれているから、テロリストから撃たれることは無いと信じているし、また、撃ってきても弾は外れるよ」と自信ありげに話していた。

手は2本しか無いからねと答えたオリビエ・ブレッセ隊員 パリ消防局11区署の平均年齢26歳の消防隊員たち

 消防隊員たちは、テロの夜のことを次のように証言した。

「多くの人たちが現場近くへ向かう緊急車両にしがみつくように助けを求めてきたり、何が起きたかを伝えようと寄ってきて、なかなか現場に到着出来無かった」
「カフェの現場に面した道路は狭く、緊急車両が様々な方向から進入していたため、救急車の搬送経路を開けるのに時間が掛かった」
「パニック状態で避難してくる人の数が多く、行く道をふさがれた状態で現場に近づくのが困難だった」
「死者や負傷者がバタバタと倒れ、一面に血が飛び散っていた」
「通りでも死者が出ていた。辺りは血だらけだった」
「車を運転していて撃たれた人もおり、道路上に車を停めたまま、車外へ出て息絶えていた」
「射殺された恋人を抱きかかえ、早く処置をしてくれと泣き叫んでいる人が沢山いた」
「顔や頭から血を流しながら走って逃げてくる人たちがいた」
「多くの負傷者に抱きつかれて助けを求められた」
「壮絶な状況で落ち着いてトリアージなどしている暇が無かった」
「トリアージタグが血に染まってしまい記入することが困難だった」
「夜だったので暗くて軽傷者や中等傷者へのトリアージタグを付けるのに時間が掛かった」
「榴散弾による弾創や自動小銃による銃創は圧迫止血後、酸素吸入などの救急処置を最小限に行い、すぐに搬送した。榴散弾による自爆テロで、爆発の際に飛び散ったいくつもの金属玉や丸ねじのような物が顔から体全身に埋まるように突き刺さっていた」

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6 効果を発揮したホワイト・プラン
 ホワイト・プランのコンセプトは、約20年前に作られたもので、1986年パリ市内でテロによる爆弾事件の発生時に初めて発令された。次いで1995年にも発令されたが、この災害医療計画は消防当局の「レッド・プラン」や警察の緊急対策と連動して遂行された。ホワイト・プランの発令は、非常に大きな決断であり、発令のタイミングが鍵を握っていた。もし、発令が遅れていたら、その効果は無かっただろう。

 11月13日㈮の夜から14日㈯の夜にかけて、ホワイト・プランは非常に効果的に遂行された。同時多発テロという緊急事態の間、医療機関の人手が足りなくなることは無かった。バタクラン劇場での殺戮が発生すると、急激に犠牲者数が増加した。重傷者が次々に運ばれてくると予測し、さらに2か所の病院を「受け皿」として準備した。他の病院も緊急態勢に入った。それには、大学病院や、パリから離れてはいるものの負傷者を移送するヘリコプターを受け入れられる病院なども含まれた。

 結果的に、受け皿として準備した病院は使われ無かった。今までに例を見ないような数の負傷者にもかかわらず、医療現場での対応が手一杯になることは全く無かったのだ。

 それぞれの病院が患者を受け入れ、そのキャパシティや特性を考慮して、適切な施設に患者を移送しながら、心理サポートセンターも開設された。35人の精神科医をはじめ、心理学者、看護師、ボランティアがパリの中心部にある病院やホテル ディウに集められた。彼らは、シャルリー・エブド襲撃事件※1の時と同じような役割を果たした。

 11月13日㈮の夜に働いていた緊急救命スタッフと医療従事者は、危機的状況で働いた経験を持っていたし、一緒に働いたこともあった。そしてここ数か月、緊急時の計画の見直しや訓練などにも参加していた。

 結果的に、事前の準備が功を奏し、絶対的緊急患者76人、相対的緊急患者226人の計302人が病院に搬送され、うち298人の命を救うことが出来た。

 2015年11月25日、イギリスの医学雑誌「The Lancet」に、パリで発生した前例の無い規模の同時多発テロにおける救急医療活動について、緊急救命医、整形外科医、麻酔科医らが、病院搬送前救護及び病院でのマネージメントについて意見を述べた報告書「The medical response to
multisite terrorist attacks in Paris」が掲載された(http://dx.doi.org/10.1016/S0140-6736(15)01063-6)。

この報告書は、日本で大規模なテロ災害が起こった時の救命活動の対策などの参考になるだろう。

※1 2015年1月にパリで発生したイスラム系のテロリストによる風刺週刊新聞「シャルリー・エブド」の編集部とユダヤ系のスーパーマーケットなどを襲撃した事件で、編集者や風刺画家、ユダヤ系市民ら計17人が死亡した。

■↓パリ同時多発テロ時の医療活動
http://irescue.jp/Paris_Terror_Attacks_Japanese.pdf

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